九歳の峠 10歳の壁
更新日:2014/07/06
「九歳の峠」とは、児童教育で、九歳頃に大きな難関を迎えるという意味だ。
「九歳の峠」というのはもともと、聴覚障害者教育で言われた言葉で、4年生以降の勉強が進まない現象だ。
脳には全く問題がないのにも関わらず、耳が聞こえにくいだけで、なぜか学習が進まないので、これは一体なぜか?ということになったわけだ。
この現象の直接の原因は、人間がモノを考えるときに、声という「音」を使うかららしい。
たとえば小学校低学年までの子供は、字を書くときに、書く字を声に出しながら書いたりする。
これは書きたいことをまず声に出してからでないと、文字を書くのが難しいということだろう。
なのでモノを考えるとき、我々の脳内では声という「音」が飛び交っていると考えられる。
この人間の思考が音によって行われているという説は、ずっと以前からあったが、なかなか科学的には証明できなかった。
しかし1990年代頃から脳の機能イメージング技術が進み、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)などで、脳の活動の様子を調べることができるようになったおかげで、人間の脳が音を使って思考していることがハッキリした。
fMRIという装置を使って健常者に文字や文章を見せると、脳の視覚領域が活発になると同時に、音韻処理領域(音声を扱う領域)がぴかっと光るのだ。
ところが、文字の読み書きにもの凄く時間がかかるディスレクシア(難読症・学習障害の一種)の傾向がある人に、同じように文字や文章を見せてみると、様子が違う。
と言うのもディスレクシアの人に文字や文章を見せると、視覚領域は活発に活動するが音韻処理領域の反応が鈍い。
つまり、文字はちゃんと見えているのだが、頭の中で文字に対する音が発生していないため、文字は意味の無い単なる模様に見えているらしい。
同様の事が、聴覚障害者の脳の中でも起こっているんだと考えられる。
※音韻処理領域…大脳基底核や左前上側頭回(側頭葉)▼発達性読み書き障害(ディスレクシア)の神経学的な病態を解明(国立精神・神経医療研究センター)
形式的操作とは
九歳の峠とは、聴覚障害者教育の難関で、小学校4年生以降の学習が、うまく進められないという現象だ。
この原因としては、耳が聞こえにくいことで、脳の音韻処理領域の活動に、何らかの悪影響があるせいだと考えられる。
人間はモノを考える際に、言葉という「音」を使ってモノを考えているため、音よりも視覚を頼りにしている人には、抽象的なことを理解するのが難しいのかもしれない。
そして九歳の峠は聴覚障害者のみならず、多くの知的障害者にも当てはまる。
学習障害の名付け親であるサミュエル・カーク博士は、知的障害児でも数能力が小学校3~4年生くらいまでは発達するが、そこから先が難しいことを1960年代にすでに指摘していた。
そのためこれを「9歳の壁」とか「10歳の壁」と呼んでいたが、特に知的障害を持たない健常者の子供にも、同じような問題が発生していることがわかってきた。
この9歳から10歳くらいに訪れる峠や壁が、一体どんなモノなのかを説明するのは難しい。
しかし思い切って簡単に言うと、「抽象的な、目に見えないもの」について、考えて見る能力が身につくかどうかだ。
たとえば、100円玉2個と、10円玉5個を用意して、幼稚園児に「どちらが大きい」と尋ねたら、たいてい10円玉5個の方が大きいと答えるだろう。
10円玉の方が数が多いから、大きい。
100円玉の方が数が少ないから、小さい。
これが直感的な物の見え方であって、100円玉2個の方が大きいと教えても理解不能だ。
ところが10円とか100円という「単位」の概念があると、100円玉2個で200円、10円玉5個で50円。
200円と50円を比べると200円の方が大きいから、100円玉2個の方が大きい、という判断ができるようになる。
こういう風に考えることを「形式的操作」と呼ぶのだが、形式操作がうまくできるようになるかが、大きな峠になる。
しかしこれがとんでもなく難しい。
というのも今まで築き上げてきた価値観を壊していく作業だから。